【2-2】連続性と即物性、偶然と必然
宇宙が生まれたのは138億年前で、太陽系が生まれたのはおよそ46億年前です。
太陽が燃え尽きてブラックホールとなり超新星爆発をおこすのはおよそ50億年後と予測されています。
人類は138億年前から今日に至るまで、あるいは太陽の超新星爆発に至るまでの連続性の中に物事を認識したり識別したりする知性を持っています。
加えて、何か物事が起きた時にはその前段に原因となる事象(因果)があるという鉄則、因果律を持っており、これも同様に知性の基本的な形式です。
宇宙のような長大な話に限らず、芸術の作品を観る時でも基本的には二種類の認識の仕方をします。
その作品を全てのこれまでの芸術や文化、思想と直列的に並べて連続性(因果律)の中で観る方法が一つ。
もう一つは作品を観るその場その時に見て感じられる感覚を総合する即物性です。
例えば「月の石」であれば連続性から考えれば意義深く、即物性から見れば変哲もない石ころに見えるようなことです。
同様にピカソの無名の作品を観た時、ピカソと美術史の連続性から考えれば当然価値を持ちますが、即物的にその絵が面白いとか精密だとかが感じられなければ価値はないと判断されます。
優れた作品は人類史の連続性の観点から意義深く、一方でストリートで初めて観る子供たちにも映えるような即物的な魅力も兼ね備えた両義的な価値を持ちます。
芸術の価値は連続性と即物性の二種類の方法で概ね決定付けられます。
連続性とはつまり伝統であり、また伝統を基準とした革新性についても判断することができます。
つまり正統なフランス料理は概ね美味しく、フランス料理を基礎とした創作料理はフランス料理の伝統性に対して斬新というわけです。
伝統的な技術の確立した芸術は歴史の文脈としての価値を持ちますが、それが伝統的に正統であることがイコールで素晴らしい作品とはなりません。
それは単に教科書に正しく意味に正しい模倣とその裏切りのゲームだからです。
一方で即物性はこわおもてのヤクザやBボーイ、暴走族が典型です。
実際の戦闘的強さを戦闘前に誇張して明示することで自分を強く大きく見せます。
路上のすれ違いのその場でそれが伝わらなければ意味を持つ場のないストリート系カルチャーもこの系譜です。
簡単に言えば一見して良いと思えることです。
悪く言えば無節操で、よく言えば単純で明快です。
ラッパーがストリートカルチャーの申し子として金のネックレスやダイアモンドのピアス、札束を持ったMVなんかを見せつけるように取り入れるのはその場その時の明らかなすごさを即物的に伝える必要があるからです。
この連続性と即物性の関係から見て、連続性から判断される価値は必然であり、即物性から判断される価値は偶然であると言えます。
そもそもあらゆる出来事は偶然と必然によって説明することが出来ます。
連続的な価値は伝統や歴史に沿ったものであるため必然的ですが、必然的であるということは基本的に中庸で整っており退屈を免れません。
連続性から見て正統性があっても、それは意味と形式に正しいだけで本質的なクオリティーではありません。
即物的な価値は伝統的ではないが目を惹く良さを持っていますが、それが本当に良いと言えるのかはまだ確定しておらず偶然である可能性があります。
クオリティーは感じられますが普遍的と言えるかの確証は持てません。
故に優れた作品にはこの両方が必要なのです。
すなわち歴史の連続性から見て正しくあるいは斬新で、その場その時の即物性において異彩を放っていることです。
意味があり、意味がなくとも素晴らしいということです。
芸術やクオリティーの判断にとって連続性と即物性、すなわち偶然と必然は非常に重要な概念です。
いい作品は偶然性と必然性を必ず持つものです。
人間は必然だけでも偶然だけでも満足できないようです。